ダンスが僕らの夢だった 全5章
第1章 スピード違反
スピード違反でもう点数がない
名神高速 岐阜大垣あたり キップ切られた
パトカーに先導され ゆっくりとスピードを落としながら2km程
派手な点滅の後に付いて走るのは屈辱的
「バッカだな~」 声が聞こえてくるように
横目に次々と車が追い越してゆく
覆面パトに気付かなかった自分に腹がたった
・・・カッコ悪っ
ようやくの待機スペースで左へ誘導されて 車を寄せた
促されるまま後部座席に入ると
まず運転席の警官が振り向いて顔を覗き込む
「この車に気付かなかった? 追い越して飛ばして行ったんだよ」
次に助手席の警官も 座り直すように腰から振り返った
「急いでたの?」
「急いでいたの?」 運転席側からも 重ねて問われる
返答できずに 黙った
言い訳したって意味がない
それに どうせ信じないだろう
失意の友人が 病院のベットで到着を待ち侘びている
・・・切るならキップ とっとと早く
と言いたかったけど
沈黙の数十秒
狭い車内に重い空気が漂った
「130以上出てたよ~
おまけして126で切っとくけど
罰金ちょっと高いよぉ~イチマンハッセンエンッ」
警官の商売人のような口調に
思わず笑いだしそうになるのを 堪えた
「長野まで行くの?
この先分岐で中央自動車道に入ったら
制限100から80になるから 気を付けて」
「ハイ」と会釈して車に戻り
再びハンドルを握って1時間くらい過ぎたところで
ハッ!としてアクセルの足を緩めた
・・・カメラ写ってしまったかも
意識がスピードメーターから また離れてしまっていた
監視カメラの場合
1ヶ月以上過ぎて通知が来ることもあるらしい
そうなったら完全アウト
・・・困るなぁ免停になったら
シューズや音源
振り付けノートやフォーメーション表・・・
仕事の荷物はいつもパンパンに重くて 車が無いと
アチコチのスタジオ移動も大変なことになる
それに 夜レッスンが終わるのは22時とか23時
車は心強い相棒
大阪から長野
なんで車で出てきてしまったんだろ
電車にするべきだったかなと 少し後悔した
高速道路を飛ばした方が 早く会えると思ったんだ
運転しながらも頭の中は
長野で待つケントのことでいっぱいだった
第2章 ずっと続くと思ってた
大手スポーツクラブでの同僚だったケントは 端正なルックスも手伝って
レッスンでは女性メンバーが取り巻く 人気のダンスインストラクターだった
同じ職場といっても
担当の曜日も時間帯も違えば 顔を合わせる機会は無く
初めの1年近くは
ロビーに張り出されたインストラクター紹介パネルで 互いを知るだけで
来日ダンサーのワークショップで 偶然顔を合わせた時にも
軽く会釈するだけだった
職場で人気を競い合っているという点で
互いにライバル心が無くもなかったけど
同じストリートダンスとはいっても
振り付けや教え方は個々のものだから
とにかく自分を磨くことで精一杯で
出会ったワークショップでも 視野に彼は無く
手足の長い黒人ダンサーの大きな動きに
ついて踊るだけで必死だった
どんな職業もそうであるように ダンスの世界も奥が深い
人に教える立場だからこそ
レッスンを受けに出掛けることも重要と考えるダンサーは多く
各所のスタジオで顔を合わせることは しばしばあった
HIPHOP・ HOUSE ・JAZZ ・AFRICAN・ LOCK ・SOUL・・・
いろんなワークショップの場で互いを見かけるうちに
会話するようになった
職場のクラブでは集客第一で
人気のないイントラは 即クビという厳しさの中
振り付けや選曲を工夫して
レベルが様々なメンバーに対応しなければならない大変さとか
そんな話も 素直に分かり合えた
何より ダンサーとして技量を高めたい情熱は同じで
通うスタジオでは 知り合っていく仲間たちも増えていった
顔を合わせる常連たちの事情はさまざまだったけど
大好きなダンスで食べていきたい夢は共通していた
性格男前なサヨリは
踊れるスペースと時間が取れるという理由で
倉庫管理のバイトをしている
心優しいジンは
介護の仕事に従事しながらダンサー修行に励んでいる
笑い上戸のユッチは
昼はOL 夜はスタジオ通いの毎日
芯の強いアッコは
和歌山から大阪までレッスンを受けに通っている
ムードメーカーのショウマは
大学ではダンスサークルにも入っている
女子力高いモッチや
CD編集が得意なハヤトは
フリーのインストラクターとして 数箇所のクラブでレッスンを持っている
クタクタに踊りきったあとは 階段に座り込んで30分ほど
まったりとした時間を みんなで過ごしてから帰宅するのが
決まりみたいになっていた
確実な将来なんて見えないまま 体力的にも苦しい中
ただただダンスが好きで 集まっていた
シンドくても楽しい
こんな日々がずっと続くかのように
毎日 ひたすら踊っていた
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ケントが「長野に帰る」と伝言を残して姿を消したのは
余りにも突然のことだった
ポッカリと穴が開いたような 喪失感で
それでもみんな 前へ進むしかなくて
彼の話題を口にすることは 敢えて避けていた気がする
実家から帰って来い とでも言われたのか?
それで 仲間もキャリアも捨てることができたのか?
何もわからないまま まさか病気だなんて
誰も想像さえしなかった
第3章 1年間の変化
目的の病院はインターを降りてすぐの所にあって
午前に家を出てから5時間程のドライブだった
訪ねた病室は4階にある6人部屋で 中央通路を挟んで3床づつ
入口近くの2床は空いていた
部屋の一番奥
大きく開口した窓際のベットにケントがいた
「おぅ!」
横たわってはいるが 右手を振り上げ元気そうにみえた
片方の口角を少し上げて笑ってる
あの頃のままの笑顔
「1年と1ヶ月半ぶり」
少し安堵したせいか イラッとした口調になってしまった
「怒ってるよなぁ」
「当たり前だよ 突然いなくなって」
アドレスさえ変えられて 連絡取れないまま
1年も過ぎてからの 突然のメールだった
「来てくれないと思ってたよ」
会いたい。と1行だけ
空白のあとに 病院の住所が書かれたメールだった
「来るでしょ あんなメール受け取ったら、、、フツウ、、、」
慌てて声を小さくした
同室の患者さんたちに気を遣ったのもあったけど
久しぶりなのに 以前のように喋れてる自分が意外だった
ウィーンッと微かな音がして ベットの背が起き上がり
別のボタンを押すと膝の辺りが三角に盛り上がった
手元スイッチを操作するケントの手際に見とれた
「でっ みんなは どうしてる?」
「ユッチは OL辞めて東京行ったよ
ディズニーダンサーになった
サヨリは バックダンサー受けてツアーに出てる」
「みんな頑張ってるんだな」
ケントの声が寂しく聞こえて 私は言葉を止めた
この1年での変化は他にもある
大学のダンスサークルで頑張っていたショウマは
就職してサラリーマンになったし
ジンは 介護の仕事を減らして
ショーケースやバトルに出まくっている
職場のスポーツクラブでも
急なプログラム変更の告知があってから
しばらくはいろんな噂話しが飛び交っていたけど
ケントの取り巻きだった女性メンバーたちは
早くも新たな男性イントラに熱を上げているらしい
今のケントの興味がそこらへんに無いことは明らかだ
「で どうなの?具合は」
「う~ん良くは ないかな」
軽く説明はしてくれたけど
病気の詳しいことは話したくない風に
話題は大阪での仲間たちのことになり
病室ということを忘れそうなくらい
遠慮しながらもククククッと小さく笑い合って盛り上がった
「ジンの引越しの時
みんなでパーティーしたの覚えてる?」
「あぁ 引越し祝いって
みんなでタコ焼きプレートと材料とか買って行って」
「そうそう テーブルとか食器も何にもなくて
みんな円座で 床でタコ焼きして」
「なんか メチャクチャ焼き だったよな
キムチとかチーズとか入れて」
「あの時 よくみんなの都合ついて集まれたなぁって」
「ほんとだな いろんな話して
みんなの違う一面もみれて 楽しかった」
タコ焼きパーティーは徹夜になり
帰りの朝は 駅に向かう途中の小さな公園で
始発電車まで時間を潰した
ジャングルジムに登ったショウマが
「 Hey! Party people! 」 と叫ぶと皆がそれに反応して
「イェイ ぱぁりぃぴぃぽぉ」
「ぱぁりぃぴぃぽぉ」と口々に叫びながら
ウェーブしたり ジャンプしたり ステップを合わせたり
徹夜明けの妙なテンションで 底抜けにはしゃいだ
顔を出したばかりの太陽は 目に染みるほど眩しくて
逆光で表情がよくわからなかったケントの言葉を思い出した
「いつも笑顔で人を癒してるけど いつ誰に癒されてるの?」
唐突な質問だった
その時 離れたところから
「そろそろ行くぅ?」と誰かの声がして
駅へと歩き出したのだった
あの時 言えなかったコト
いま言おうか
横たわるケントのベットの横で 少し迷った
第4章 戸惑う
ケントはもう覚えてないだろうな と思いながら
窓の外に目をやると 遠くに連山が
頂上辺りには雪が残っていて 白い稜線が見えた
「あのさぁ ケントにいっぱい癒されてたよ私
今も 背中を押してもらってる感じするもん」
親に愛されて育った子供は 大人になっても
苦境に負けないって聞いたことがある
それに似て 同じように頑張っていた仲間の姿は
熱中していた頃の自分を思い出し
輝いた記憶として 背中を押し続ける
「大阪を出る時 ちゃんと話さなくて悪かった、、、
アイツはもう終わった って
みんなに思われるのが怖かったんだ
来月 手術を受けることにした
難しい手術になりそうなんだけど」
淡々と病状を説明し始めるケントの言葉に集中しながら
冷静を装わなければと
目に溢れたものがこぼれ落ちないよう 歯を食いしばった
・・・人前で泣くなんてキャラじゃない まして個室でもない病室で
ケントは説明の最後に
もしかしたら こっちの世界に戻ってこれないかもしれない。と付け加えた
私の頬にツーッと涙が伝った
戸惑い 言葉を探しても見つからない
顔を横に向けると一瞬だけ 隣のベットの患者と目が合って
すぐに眠る振りをされた
オレンジ掛かった雲が 急な夕暮れと共に
別れの時刻が近づいているのを教えていた
黙ってしまった私を見兼ねるように ケントが笑顔を見せた
「手術がうまくいったらさ
またみんなで タコ焼きパーティーしたいな」
「うん するっ♪ ぱぁりぃぴぃぽぉ」 笑顔ができた
「あのさ お願いがあるんだけど」
そう言って
ベット横の白いサイドテーブルにケントが手を伸ばした時
病室の入口から「あらっ」と声がして 女性の姿があった
「母さん! きょうはいいって言ってたのに」
母。と紹介されて 会釈した
「はじめまして 大阪で同じ職場だった者です」
「わざわざ大阪から~!?」
「あっいえ 近くに用で来ていて たまたま、、、」
咄嗟に嘘をついてしまった
「車だし そろそろ出た方がいいな」
ケントの言葉に女性が目を丸くした
「車で来られてるの? それは大変!
おウチには夜中になってしまうでしょう?!」
「明日も仕事だろ 階段のとこまで送るよ」
そう言って サイドテーブルの引き出しから何かを出しながら
ケントはスリッパに足を入れた
「お邪魔しました 失礼いたします」
「お気をつけてね 遠いところから有難うございました」
ほんとうに有難うございました。と背に聞こえた母親の声に
もう一度振り返り 会釈して病室を出た
右に20mほど廊下を歩いたところのスペースに
誰もいない長椅子が4脚並んでいて
右手壁面は 天井から床まで総硝子張りで
腰の高さにある手摺りが 左方向 階段へと続いていた
「これ もらってくれない?」
ケントから手渡された封筒の中で コロンと何かが動いた
第5章 背中を押しているから
「開けていい?」
封筒の中を覗いて それが何か すぐに理解った
カッコいいデザインだと みんなに褒められていた
ケント愛用のシルバーリング
手のひらに乗せて しばらく見つめてから
それを自分の左手人差指に滑らせた
「預かっておく 次 会う時まで 預かっとくね」
リングをハメた左手で ピースサインしてみせた
「あぁ うん ありがと」
硝子張りの外 下に駐車場が広がっていた
「どこ停めた?」
「あそこ ほらっ向こうから5列目の端っこ」
「ここから見てるよ 運転気をつけてな」
「ハグする?」
「おぅ」
踊った後 みんなでよくやっていた お疲れ~。のハグ
まわした両手で相手の背中を軽くポンポンと叩く
私の背中をポンポンとしてから
ケントはギューと腕に力を入れた
「じゃぁ またね」 と精一杯微笑んでから
階段を イッキに駐車場まで駆け下りた
再び会ってこんな風に話し合うことが もうないかもしれない不安が
車の所まで走らせた
運転席のドアを開け 4階を見上げるとケントが手を振っていた
、、、サヨナラなんかじゃないっ!
首を大きく左右に振って
指輪を見せるように 強く握った左手を高く挙げた
ケントは振っていた右手をゆっくりと降ろし
私の手に合わせるように 左拳を高く挙げた
夕焼け空が 窓硝子全体に映って
ケントの体が オレンジ色の雲の上に
まるで浮かんでいるように見えた
・・・泣いちゃダメだ
なんとか笑顔で 運転席に乗り込んだ
伝え忘れた言葉が 胸を締め付けていた
ーーーーーーーーーーー
帰りの高速道
溢れる涙を拭うことなくハンドルを握っていた
近畿圏に近付いて ラジオのノイズがFM802に変わる頃
涙は枯れてしまって
往復約600kmの走行で 肩は岩石のように重くなっていた
・・・踊ってたら 肩凝りなんてないのにね
話しかけるように ポツンと
意味のない独り言に 笑った
高速出口を降りる時
深夜のFMから 気持ちのいいR&Bのメロディーが流れた
ボリュームを上げ 頭の中を振り付けで一杯にした
、、、5、6、7、8、
右手を体側に沿って大きく回したら 右足を前へ
次に左足を踏み込んで 両手を水平に切って
足をジャンプクロス ターンして 後ろへ2歩
キックアップした右足を横へ
上体を左右に揺らしてからロールアップしたら
右足後ろクロスで 左へワンツー
ニースライド~右手床~ヒップアップしてウェーブアップ
前へ 右足~左足タッチ~ポーズ
後ろ向き4カウント歩き~ジャンプアップターン
左拳を高く挙げる! 、、、1,2,3,4、
ーーーーーーーーーーー
祈れば何でも叶うなんて
そう簡単に言えはしないって わかってる
でも信じたいんだ
夢見た日々は 輝いていた
だから 信じているんだ
これから何が起きようと
キミは前を見て歩く
きっとまた 夢を見つけて歩いていく
さぁ 笑顔しよ
あの日の僕らが キミの背中を押しているから
ご訪問ありがとうございました
感謝☆